西谷恭兵による新章・コーヒーカウンターニシヤ
コーヒーカウンターニシヤが初めてそのドアを開いたのは、冬のとある木曜日。台東区寿にオープンしたこのささやかなお店は、2021年に惜しまれつつも渋谷のコーヒー店をクローズした西谷恭兵にとって、新たな出発点となる。プレオープン期間からの数ヶ月間で、東東京に住む人々の暮らしに溶け込み、蔵前・浅草エリアを訪ねる人々の目的地にもなった。20年以上続く西谷の仕事を愛してきた人々は、新しい店に足を踏み入れた時に懐かしさと同時に新鮮さを感じるだろう。カウンターの片隅でコーヒーを飲みながら、東東京に新たに生まれたこの場所について、西谷に話を聞いた。
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「場を作るにも、まず場の存在が必要です、」と西谷は言う。新たな試みを始めるにあたり、遠近をとわず、時には街の境界を超えて理想の場を探し求めた。そんな中、彼は東東京、隅田川沿いの下町エリアに惹かれはじめる。彼を惹きつけたのは、代々受け継がれ営業を続ける老舗の食堂や商店などの存在だった。老舗が営業を続けられてきたのは、お客さんとの強いつながりがあってこそ。まさにそれは西谷が作りたいと考える場のあり方であり、老舗で育まれた価値観とコミュニティの結びつきに西谷は強い共感を覚えた。
毎日のように店舗探しを続けていた矢先、彼は元ケーキ屋だったという、一風変わったスペースと出会う。うなぎの寝所のような店内は、端から端までカウンターが伸びる、スタンディングのみというユニークな空間のアイディアをもたらしてくれた。それから数ヶ月の準備期間を経て、コーヒーカウンターニシヤが誕生する。エレガントで居心地の良いカウンターが、西谷と来店者との交流の場となる。「やって来たすべてのお客さんを一度に接客したいとは考えていません。そうではなく、カウンターのこちら側を行き来しながら、ひとりひとりのお客さんに、一対一のサービスを提供したいのです。」この丁寧な接客によって、そして来店者同士が肩を並べあうことで、カウンターを中心にまた新たな繋がりが生まれてゆく。
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コンパクトなスペースが新たな利点をもたらしたと同時に、エスプレッソをベースとしたものなどにメニューの数を絞ることで、ドリンク制作により集中できるようにもなった。カウンターはステージとなり、それぞれのドリンクを完成へと導いてゆく西谷の技術や所作、そのリズムを余すことなく見ることができる。爽快なエスプレッソトニックから絹のようになめらかなシェケラートまで、それらがどのように出来上がるのかを見ることで高まる期待がその場にいる体験をより特別なものにしている。
このような体験が可能であるのは、手描きのサインからインテリアの細部、そして質の高いコーヒーに至るまで、さまざまな要素が入念に組み立てられているからに他ならない。そこからは、新店舗のオープンがもたらす活気だけではなく、根を張ると決めた地域に対する敬意も感じることができる。そして、それらの要素を独自のスタイルで繋いでゆくのが、西谷なのだ。カウンターで話を聞きながら、場を特別な存在にする「何か」について、改めて考えさせられた。
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10年近く前のことになるが、西谷のことを知って間もない頃、私はこう書いている。「この地域の名店、その中心となっているのは西谷自身だ。いつ行っても、ベストとタイを合わせたスタイルでカウンターに立つ彼が待っていてくれる…親しみやすく、そして軽快に動くさまを見ていると、彼こそわたしたちをコーヒーハウスニシヤに向かわせる理由なのだとわかる。」店名は変わり、別の地域に移った今でもその言葉に変わりはない。
あれから10年ほど経ち、その間街は大きな変化を経験したかもしれないが、西谷はバリスタという仕事に真摯に向き合い続けている。質の高いドリンク、ひとりひとりに向き合ったサービス、細部へのこだわり、そして何より、記憶に残る体験。それが、コーヒーカウンターニシヤの色褪せない魅力になっている。
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文責:Ben Davis
翻訳:Futoshi Miyagi
写真:Daisuke Hashihara