デザイナー大原大次郎と動きの言語
大原大次郎のデザインワークの中心には、手描きの文字がある。これらの表象は見慣れたものでありながら極めて独創的で、言語と環境の関わりに対する大原の関心を示すものになっている。それらの文字が持つクセについて、大原は私たち個々人の書く文字に見られるクセだけでなく、使用するツールや周りの環境が書くことにどのような影響を及ぼしているかについても考えをめぐらせている。彼の視点は数々のワークショップや実験によって進化を続け、その文字は紙面を飛び越えて私たちを取り囲む世界に飛び交っている。葉山のスタジオから、その魅力的なモビールとキネティックスカルプチャーについて、大原が語ってくれた。
手遊び
イタリア人デザイナーのブルーノ・ムナーリは、自身のモビールについて「macchina inutile (役に立たない機械)」と呼んだことで知られている。それらの制作物は、特定の機能を持たず、シンプルに色と動きと形によって成り立っているものだ。大原は、役に立たないということに大きな可能性を見る。「役に立たないものを作ることは、眺めながら心が踊ったり平穏な気持ちになることには、とても役に立つ」と彼は語る。昨年の春以降、自身のスタジオで過ごす時間が増えたことによって、彼は石鹸やレモンなど、手近にあるものを用いたレディメイドのモビールを作るようになった。
「大人になると全力で手遊びする機会が減ってくる、とデザイナーの寄藤文平さんに言われました。砂浜で手で穴を掘るとか、手に記憶は残っているけど、日々の中に取り入れる機会はすごく減ってきていると思います」と大原は言う。「日本語の「遊び」にはプレイだけじゃなくて、隙間という意味もあります。仕事やスケジュールなどギチギチしすぎないような。遊びがあれば長持ちしますし、そこには成長の余地があると思います。」
手書きのリズム
流れ落ちるような筆致、焦らすように長い休止、突発的な激しさ、そして羽ばたくような動き。それは、大原が構図を発展させて作品を作り上げてゆく際に見られる自然な動作だ。2013年、ラッパーのイルリメと作曲家の蓮沼執太を誘い彼らの即興演奏にペンドラムの奏者として参加したことで、描くことと音楽の繋がりは新たな意味を持ち始める。
彼らのコラボレーションである「TypogRAPy」は、鉛筆を用いて「文字」と描いたこのモビールのインスピレーション源となる。鉛筆モビールはアルバム『TypogRAPy』のジャケット用アートワークとして制作され、神奈川県立近代美術館・葉山館で開催予定だった蓮沼のコンサートのフライヤーにも使用された。自身の作品について大原は、「写真やグラフィックの中で音楽的ななにかが息づくこと、そして静かに待つ時間が明けて開演を迎え、演奏の中で像が結ばれることを願いながら、このモビールたちは常に動き続けています」と書いている。
重力
「左から右へという英語の読み方、縦組みの漢字にかかる重力、「とめ・はね・はらい」など日本語の様式、これら全ては地球上の現象にも繋がります。文字はそれら物理現象の影響を大きく受けているので、無重力状態だったらこのような文字にはならなかったと思います」と大原は言う。「モビールを作ることと文字を書くことは全く異なります。一瞬で書ける文字もモビールで作ると数日かかったりするのですが、これは地球の重力と向き合う機会となります。」
生き物
激しいにわか雨の後、海岸沿いで大原は、銅でできたそのモビールがすぐそばでゆっくりと回転するさまを見つめていた。その動きは彼を魅了し、まるで彼自身とモビール、そして風景が深く会話を交わしているようにも思えた。「展覧会で映像作品を見るのはそれなりに体力が要りますが、モビールはその空間に流れる時間を支配しているようにも感じられ、長時間でも身を委ねられます。それらは揺れたり旋回したり、変化する影を生み出したりと、空間と関わりを持ちながら息づく生物のようにも感じます。」
文責:Ben Davis
翻訳:Futoshi Miyagi
写真:Daisuke Hashihara