〈トラフ建築設計事務所〉の鈴野浩一が見た建物に宿る記憶
7月10日、清澄白河の倉庫をリノベートした建物にTokyobikeの新店舗がオープンした。築60年近い建物は、トラフ建築設計事務所のディレクションによって、工業的な歴史を背景に感じる多目的スペースへと変貌を遂げた。トラフの共同設立者のひとりである鈴野浩一は、「リノベーションはその場所の記憶を保存すること」だと説明する。清澄白河の倉庫が変化を遂げている最中、鈴野によるもうひとつのプロジェクトが東京の西側で始まった。彼の住まいとなる、三階建家屋のリノベーションだ。
建築家にとって、自身がデザインした空間に住むことは、自らの仕事と日常的に関わり続けることでもある。住まいとして、作品そのものが自らの生活を包み込むのになるのだから。家の完成後しばらくしてから私たちは鈴野を訪ね、そのリノベーションについて話を聞いた。
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午前、目黒の柿の木坂にある一家の住まいで鈴野は、カーペットにしゃがみこんでその家の象徴的な階段を見上げている。コンクリートの面が天井に向かって伸び、柔らかな光が白い壁と、猫のサニーが丸まっているカーペットの上に降り注いでいる。家の中を案内しながら鈴野は、古い要素と新しい要素が調和した空間について語ってくれた。伝統的な茶室の一部となった壁材を剥がしたコンクリート、くすんだ色のドアに付けられた光沢のあるヒンジ、そして階段の土台となる部分にはリノリウムやカーペット、そして剥き出しの鉄などさまざまな素材が組み合わされている。それがどのように使われ今はどうなったか、全てに物語があり、建築家の視線を通してそれら歴史のレイヤーが繋がってゆく。
3月末に家の鍵を受け取ってから、鈴野は少人数のチームとともにそこで2ヶ月を過ごした。建築家として20年以上の経験がありながら、その作業は驚くほどに即興的、直感的なものだった。道具を手にしながら壁にチョークで指示を書き、そして一部をのぞいて、新たにデザインのスケッチを描くこともなかった。
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仕切りや設備、壁材などを取り除くことで、建築はふたたび窮屈だった息を吹き返す。「古さは簡単に創出できるものではないのです」と鈴野は言う。「人はピカピカした新品ではなく、歴史を感じさせるものに強く感情移入します。」無骨な梁やパイプ、ボルトやタイルのモルタル。そして真っ白な壁とは対照的な、年を重ねたコンクリートの構造など、元からあった要素が際立っている。リノベーションによって、家の横を通る緑道と室内空間が繋がった。ダイニングルームの壁を取り壊し大きな開口部を設けることで、屋内と屋外を繋ぐ縁側のような空間が生み出されている。彼はここでテラスの植物を眺めながら、朝の時間を過ごしている。
「モルタルは少し人工的に感じますが、」剥き出しになった梁の輪郭を手でなぞりながら鈴野が言う。「荒々しいコンクリートはもっと自然というか、木の皮のようだと思えるようになりました。」
鈴野は夏休みに実家のスケールモデルを作るほど、思春期から建築に夢中だった。当時から彼はずっと、建物に宿る記憶に関心を抱いてきたのだ。古い素材を通して、彼はそのような記憶を紐解いてゆく。住居をリノベートする鈴野の作業は、まるで過去と現在のコラボレーションのようにも見える。建築はまっさらなキャンバスから始まるわけではない。そこには、解き明かされるのを待つ歴史が横たわっている。
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文責:Ben Davis
翻訳:Futoshi Miyagi
写真:Daisuke Hashihara