同じ屋根の下で隣あう、河合沙枝のショップと河合広大の工場
店内のコンクリートの床とヒノキを用いた壁を金色に染める午後の陽光が、tenのすぐそばを流れる川の水面に揺れている。柔らかなグレイカラーで統一された店内は、空間に合わせて作られた什器から外周に沿って流れるようなスロープなど、ミニマルなデザインと細部にまで行き届いた職人技の融合を見ることができる。店主である河合沙枝によって選び抜かれたうつわなどのプロダクトは、そんな空間とも見事に調和している。
細長く控えめなドアの向こうには、沙枝さんの夫・広大さんの工場が広がる。金属加工を主に行うその工場は、東京中のショップやレストラン、住居などで使用されることになる什器が組み立てられる音が鳴り響く、生き生きとした空間だ。一見、工場は周辺の風景の中で特異な存在のようにも思えるが、そこには、さまざまなコラボレーションの記憶がしっかり根付いている。この場所についてもっと知りたいと思い、私たちは元倉庫だったそのスペースでふたりに会い、話を聞いた。
まず、このショップがどのようにしてできたのか教えてください。
河合沙枝: 私はアパレルの接客業をしていて、彼は職人で、「自分でいつかお店やりたい」とか、「一緒に何かをやりたい」と思っていたけど、漠然とまだ全然先だろうなと思っていたんですね。
会社で10年以上勤めて、次のステージへ行きたいと思った頃、ずっと私が働いていた姿を見ていた彼に、「会社の中にいるんじゃなくて自分のために働いたら?」と言われました。自分のことを最優先することがすごく少なくなり、自分は何が好きで、何をお客さんと共有したいのか、そういう気持ちが会社では持てなくなっていました。
たまたま彼がシェアしていた工場が手狭になり、そこを引越すタイミングも微妙に重なったので、「じゃあ一緒にやろう」と決定しました。
お店で物販をずっとやってきたので、事業を成功させることや確立するまでに時間がかかることも知っていたし、利益を出すことについても不安材料がすごく多かったです。一人では勇気がなかったけど、そこは補い合えばいいじゃないかと話したんです。一つの箱を二つに割って、工場と店をやることで相乗効果が生まれたら面白いじゃないかということで、この空間作りになりました。
川沿いという立地と、職人や作家によるプロダクトのラインナップという組み合わせは、tenを何度も訪ねたくなるような魅力的なショップにしています。さまざまな商品がありますが、セレクトはどのように行なっているのでしょうか?
沙枝: 最初は、お店を成り立たせるために売れるものを仕入れなくてはいけないとか、売りやすい価格帯のものを選ぼうとか、そういう考えになっていました。でも、それを一回取り払って、とりあえず自分が好きなことをやってみる、お客さんが来なかったらそれでいいと思ったんですよ。
金属加工を10年間やっている人が隣にいることもあり、あんまり無理をせずに自分が本当に好きなもの、提案したいものを自分に正直になって扱おうと思いました。私は茶道をやっているので、日本の作家と物づくりにすごく興味があって、企業の商品ではなく、個人作家にできればお金を払いたいと思うようになりました。
陶器から食器類、お香や衣服に至るまで、全てが丁寧に仕上げられており、よりゆっくりとした暮らしへの意識を感じます。
沙枝: 私はアパレル業界で長く働いていました。シーズンが終わると洋服がゴミみたいに捨てられちゃうんですね。せっかくデザイナーが作ったものが半年後にはゴミ扱いされる現状にすごく違和感がありました。スピードが速すぎて、私はそのペースに合わず、皆もっとゆっくり買い物すればいいのにと思っていました。自分の好きなものを選び取って、本当に気に入ったら買えばいいんですけどね。
tenのお客さんに、ものを作った人について伝えてそれを買ってもらい、たとえそれが壊れてもすぐ捨てるだけではなく、そのことにショックをうけて「ごめんね」という気持ちが生まれることは大事だと思います。私たちの世代で終わるか、100年後まで古道具として残るかは持つ人の気持ち次第だと思います。持つ人の側に愛情があればすごく大事に使われるんじゃないかな。今の世代の人たちも、自分で使うものがダメになったらすぐ捨てるのではなく、孫の世代まで残したいものだけ買って欲しいと思っています。
tenで開催される展示会にはおふたりも関わっていて、本当の意味でコラボレーションの場になっているように思います。沙枝さん、工場が併設されていることの意義はなんでしょうか?
沙枝: 東京には他にもお店がいっぱいあるので、なぜうちで展示会をやる意味があるのかいつも考えています。その作家たちが他の店で表現できない方法はなんだろうと思った時、什器を作ることができる職人が隣にいることによって、その展示ならではの空間作りが可能なのは最大の強みかもしれません。
広大さん、展示会の空間作りに関わることは、他の仕事とどのように異なりますか?
河合広大: 金属職人としてものや空間を作ってきましたが、そこから作ったものを発展させていくことはなくて、完成したら次に次にと短期的な関わり方をずっとしていました。せっかく内装が作れるのに、間接的な関わり方しかできてなくて、内装作りを自分の強みとしてもっと直接的に関われたらと思いました。
個展をやっている作家さんと直に話し合ってものを作ることは、やはり今までの作り方にはなかったことです。一言では表せないけど、この店があることによって職人としての活動も豊かになっています。
工場とショップを同じ建物の中に持つことの利点はなんでしょうか?
広大: お店と工場をこういう形でやりたかったのは、工場という場所が閉鎖的に感じられたからです。鉄工場は暗くて入りづらいし、騒音のこともあって開けづらく、中で働く人たちにもそれは影響します。
やっぱり人とのコミュニケーションが少なくて、センスが固まってきちゃうし、外からの影響を受けづらいです。風通しのいい工場を作りたかったので、お店と一緒にやっていくのはすごくいいことです。
このお店を作る前と後では生き方も変化し、作るものにも影響がありました。仕事の幅広さと関わる人の数、そして作家さんの作品を見るというインプットが多くなりました。そのエッセンスに感化されてものを作るということも自然と増えました。
最後に、自分のパートナーと仕事をすることについて、どのように考えていますか?
広大: お店を始める前に知り合いのデザイナーに相談したら、「もっと金物を生かした店作りをしたらどうですか」と言われました。でも、それはしっくりこなかったんです。
ある程度切り離された店と工房であることで、もちろんお互いがそれで得ているものが多いけど、お互いが依存しすぎず、ちゃんと自立した存在として丁度良い距離感でいることが大事だと思っています。
互いが互いを尊重し合う距離感がとても大切だと思います。
沙枝: 毎日一緒にいて、同じ職場にいて、全く同じ仕事をしていても大丈夫な人たちがいれば、別の仕事をしている方が気が楽な人たちもいます。私たちは同じ仕事ができない気がするので、店と工房の間に壁一枚を設けて分けることにしました。
違う人たちと関係性を築いているのが心地いいのだと思います。でも、横にいることはすごく大切なんですよね。別な場所で全然違う仕事をしているよりも、隣合わせで、でも違う仕事をしている関係性がちょうどいいと思います。
文責:Ben Davis
翻訳:Futoshi Miyagi
写真:Daisuke Hashihara